自身の中学受験を振り返ってみる(5年生まで)

  • 2020年3月17日
  • 雑記
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私は今から30年近く前に中学受験を経験しました。

当時はWindows95も発売されていない状況です。分からないことを知ろうとすると先生に聞くか親に聞くかくらいしかありませんでした。

その時代に比べると、今はインターネットで様々な情報にアクセスできますし、youtubeなどの動画サービスで学習することもできます。

現代の子どもたちの学ぶ環境を羨ましく思う一方で、ふと、私はどのように中学受験に臨んだのだろうと思いました。うろ覚えではありますが、自分がどのように受験生活を送っていたのかを振り返ってみたいと思います。

 

きっかけは公文式を始めたことだった

幼稚園の年長頃だったと思います。父が仕事仲間から、これからの時代は勉強することが大切であり、学習習慣を身につけるには公文式が良いとの噂を聞きつけてきたことがきっかけだったのではないかと思います。

ちなみに父は定時制高校卒、母は短大卒ということもあり、本格的な受験は2人とも経験していませんでした。

間もなく公文式に入会し、算数と国語の教材を開始しました。公文を辞めるまでに恐らく6年生の教材くらいまでは進んでいたと思います。

飽きっぽいし、少しいい加減な性格なこともあり、3〜4年性の頃はサボることもありました。4年性の半ば頃に公文の先生から、受験を考えているのであれば、「大手の塾に通うべき」との話があり、5年生の4月から鷗州塾の福山校に通い始めました。

 

塾の勉強は難しい

公文式では6年生の教材まで進んでいたので、塾の勉強にもある程度はついていけると思っていましたが、まず衝撃を受けたのは漢字の暗記です。公文式でそれなりに漢字は学習してきたはずでしたが、与えられた漢字の参考書に分からない言葉が山ほどありました。

今でも印象に残っている漢字は「山車」、「境内」、「好事家」です。

「山車(だし)」って何だよ!!?というのが正直な感想でした。

5年生の頃は週3回、1日3時間程度の授業だったと思います。国語は週2回は授業があったので、その度に漢字のテストがあり、暗記が大変だったと記憶しています。

算数については、公文式で計算力は身についていたと思いますが、私は図形の問題が大の苦手でした。3年生の頃は小学校のテスト(分度器やコンパスを使って解く問題)で、これは赤点だろうと思われるような点数を連発していました。そのような状態なので、算数がだんだん苦手になっていきました。

その一方で社会のような暗記科目が面白いと感じていました。時間をかけて覚えれば着実に点数につながっていくことがモチベーションになりました。理科も5年生の初めの頃は花や動物などの暗記物が多かったと思うので、成績が伸びていきました。

テキストは「マイジュック」というものを使っていました。調べてみたら日本教材出版という会社が今でも発刊しているようです。なぜ今だにテキスト名を覚えているのかというと、塾の勉強は難しいので、宿題をやってきていない生徒も割といたのですが、そんな生徒に向かって、先生が冗談で「お前はタイジュックだ(退塾だ)」と言っていたからです。

 

スーパー選抜クラスに合格する

今の鷗州塾がどのようになっているのかは分かりませんが、当時は毎週土曜日、日曜日に選抜クラスに入るための試験が行われていました。その中でも最難関だったのはスーパー選抜クラス(通称S(エス))でした。

Sに入ることができれば、無料で塾に通うことができたので、両親は何とか試験に合格してほしいと思っていたに違いありません。ただ、Sの合格には普段の授業で行われている漢字のテストなどの点数も考慮されていたこともあり、初めて受けた試験で無事合格することができました。

Sと言っても5年生の段階では、普段の授業は他の生徒と同じ教室で受けるので、特別変わったことはありませんでした。しかし、選抜クラスに選ばれたことにより、モチベーションは上がっていたように思います。5年生は暗記科目を中心に成績を伸ばしていきました。

 

得意科目を作ることがまずは大切

私の場合は社会が大好きだったので、社会でテストの良い点数が取れるとそれが気嬉しくて、塾に通うのが好きになりました(算数は割と壊滅的な点数でしたが・・)。

6年生になると、学習内容はさらに高度になり、1週間ほとんど塾に通うようになっていきます。次回は6年生〜中学合格までを振り返っていきます。

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