宇宙飛行士と宇宙開発・宇宙ビジネス

今日からふくしま式「小学生の必須常識」が身につく問題集から日本の常識(人名)を解きました。

ノーベル賞受賞歴のある日本人、紙幣に肖像画が使われたことのある日本人、メジャーリーガーとなったことのある日本人などが問いになっていました。その中で初めて宇宙飛行をした日本人について問いがありましたので、これについて調べてみました。

 

日本人で初めて宇宙飛行したのは?

宇宙飛行士と言えば、スペースシャトルで宇宙飛行した毛利衛さんが有名ですが、日本人で初めて宇宙飛行したのは秋山豊寛さんとのことです。秋山さんについて調べてみると、元々はTBSやBBC(英国放送協会)などに勤務されたジャーナリストのようですね。TBSがミール(ソビエト連邦によって打ち上げられた宇宙ステーション)訪問に関する協定をソビエト連邦の宇宙総局と結んだことをきっかけに、TBS社員の応募者の中から選抜されて宇宙飛行士候補になったようです。

 

1989年時点では毛利衛さんがスペースシャトルで宇宙飛行を行うのが日本人初となる予定だったようですが、1986年のスペースシャトルチャレンジャー号爆発事故の影響で飛行が遅れてしまったこともあり、1990年12月2日、ソビエト連邦の宇宙船ソユーズTM-11に登場した秋山さんが日本人初の宇宙飛行士かつ世界で初めて宇宙に行ったジャーナリストとなりました。著書の中でソユーズからの生中継の第一声を「宇宙は混沌としています」と言おうと考えていましたが、実は宇宙は混沌としておらず、TBSのスタッフと更新した直後のアナウンサーからの呼びかけに対して「これ、本番ですか?」と反応してしまったのは、もっとも放送人らしい第一声でだったのではないだろうかと振り返っています。

 

宇宙開発競争について

宇宙と言えば、アメリカとソビエト連邦の宇宙開発競争の背景を理解しておきたいですね。

1957年、ソ連は人工衛星「スプートニク1号」を搭載したロケットを打ち上げ、世界で初めて人工衛星を地球周回軌道上に載せることに成功しました。これが宇宙開発競争の始まりであり、1975年頃まで続くことになります。宇宙技術は軍事や経済活動に利用でき、国威発揚、全世界に向けてのイメージ向上に与える影響が大きく、世界の主権を握りたいアメリカとソ連の主戦場となったわけです。スプートニク1号の功績など、初期の多くの成果はソ連が独占しましたが、アメリカは月面着陸を成功させました。

巨額の費用がかかるため、宇宙開発競争は一段落しましたが、この競争により、航空技術、電気通信技術は長足の進歩を遂げました。宇宙競争はアメリカの教育にも影響を与え、学校教育で数学や物理に重点を置くように法律が制定されたようです(1958年国防教育法)。このような教育のもと、宇宙開発技術は進歩し、これらの技術から多くの商品が開発されました。乾燥食品、調理済み食品、スキーゴーグルなどは宇宙開発が由来の商品のようです。アメリカはこうして、電子工学など多くの分野で成長を遂げてきました。

 

宇宙ビジネスの今

近年になって民間での宇宙開発競争が活発になってきています。宇宙ビジネスの世界市場規模は2030年には50兆円を超えると推計されています。この分野では宇宙旅行が話題になることが多いですが、カメラ精密技術の進歩により、人工衛星データを利用したビジネスのニーズが高まってきています。自前で小型のカメラを搭載した人工衛星を打ち上げる技術を開発できれば、大きなビジネスチャンスとなります。

 

日本では経済産業省が中心となって、衛星データを活用したビジネス創出を促進するため「政府衛星データのオープン&フリー化及びデータ利用環境整備・データ利用促進事業」を実施し、ユーザーにとって使いやすい衛星データプラットフォーム「Tellus」の開発を進めています。Tellusを用いたデータ解析コンテストが不定期に開催されており、コンテスト上位者の手法について書かれた記事(初心者なので内容は全く理解できませんが)を見る限りでは、宇宙ビジネス分野においては衛星データを解析できる技術者が求められていると感じます。宙畑というサイトではTellusの使い方、データ解析コンテストの結果、宇宙ビジネスに関する最新の話題などを知ることができますので、興味のある方は是非見ていただきたいと思います。

 

 

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